歌人会16
「1000人の歌人会」開催までの道のり
「野音(やおん)」と聞けば、誰もが容易に分かってしまう日比谷野外音楽堂。音楽をやるものにとって「聖地」といっても決して過言ではないと思う。憧れの会場ではあったが、草の根でやってきた歌人会にとって、3000人収容の大音楽堂はあまりに非現実的な場所であった。今回開催に踏み切ったのは日比谷公園中心部に位置する小音楽堂だ。
「小」といっても収容人員は1000人。ステージや客席の景観は大音楽堂とそっくりである。この小音楽堂は日本最初のコンサート会場として大正時代に作られたものだ。その後、公園内にあの「大音楽堂」が作られ、全国各地に野音を真似た音楽堂が作られていき、さらにコンサートホールが作られていった。つまり日本のコンサート会場のルーツの中のルーツなのだ。
動機はあまりに単純だった。
「いつも歌人会に出てくれているシンガーがあのステージに立つところを一度でいいから見てみたい。彼らこそ、あのステージに立つべき人達。あの歴史と由緒のあるステージに立つことが一番相応しいのは彼らだ!」
と思ったからだった。ただそれだけのことだった。野音でやるからといって、音楽事務所やレコード会社の人間が大勢見に来てコンべションのようになり青田買いする、なんて話はまったくないし、また同所では規定により有料公演を行うこともできない。
最初は主催者であるぺぺのごく個人的な願いや想いにより動き始めたことであり、スピリッツを見せる場であると思っていた。
以前お客さんの一人から、
「ぺぺさん。歌人会に出てる人達は超メジャー級のシンガーと比べても何ひとつ負けてないですよ。個性、感性、演奏力、魅力・・どれもね、負けているのは認知度だけです」
という言葉をかけてもらったことがある。そんな風に言ってくれている人達に対してね、野音のあの大きなステージで。彼らが演奏するところを見せたいと無性に思ってしまった。
「ほらね、彼らはいつもライブハウスでブッキングで出てますが、この大ステージでやってもこれだけのパワーを客席に届けられるんですよ。アナタが言ってくれたことを証明してみせましたよ」ってね・・
出演依頼したシンガーはみな全員二つ返事で出演を決めてくれ、半年以上前から野音での歌人会へ向かって本気で走りだしてくれた。歌人会をやっていて、いつも考えていることは「真剣に音楽を続けてきてよかった」「続けていればこんないいこともある」と彼らが心底思える瞬間を少しでも作りたいということ。
彼らといっしょに積み上げてきたからものがあるからこそ、野音でやれるし、やろうとも思えた。そして、野音へと動き始めた彼らのあまりに晴れやかな表情をみて、胸が熱くなって仕方がなかった。
昨年10月に野音歌人会の開催を発表した時に大きな反響があって・・
「野音で歌人会という活字を見た瞬間に鳥肌がたった」
「誰よりも野音での歌人会を見たいと思った」
「来年野音で歌人会が見れると思えば
今日からなんでも乗り切れる」
送られてきたこんな内容のメールは涙なくしてはとても読めなかった。
ビックリした。
ぺぺが思っていたこと。考えていたこと。それは今まで歌人会を応援してきてくれた人達にとっても共通の願いだったなんて・・
この日から2007年4月15日の日比谷野外小音楽堂での歌人会は「1000人の歌人会」となった。みんながみんな、出演者もお客さんも、みんな本公演への思い入れはあまりに深い。時として主催者である自分が圧倒されるほどだ。
だが、正直、この会場をフルハウスにすることは我々にとってあまりに難しい。
でも、たとえ当日の動員が数100人だったとしても、必ず「1000人の歌人会」になるんだ。
だって、みんな5人分、6人分の想いを持って野音へと駆けつけてくれるから。
だから、場内は必ず1000人分の想いで満たされるんだ・・